第17回 発毛細胞を再生する驚異の発毛剤が開発された?

質問
二月六日の朝日新聞に書いてあったことなんですが、住友電気工業が発毛細胞を再生させた。とありました。薬剤メーカーや化粧品メーカーが開発したのなら分かるのですが、全然関係ないところで開発されたのにはびっくりしています。 これについてどう思いますか。
(東京都 T.M 二五歳)

回答
 朝日新聞によりますと、「大手電線メーカーの住友電気工業は、毛髪を作り出す細胞組織を再生する物質の開発に成功した。……
(中略)……新物質は、EPMと呼ばれ、休止した古い毛包に代わる新生毛包を形成させる。脱毛状態にしたマウスでの実験では35日後、何もしないと5%しか毛が生えないが、毎日一回、皮膚に濃度を薄くしたEPMを塗ると、90%以上の毛が生えた。同社は動物実験による安全性試験を終えており、今後医療品メーカーなどと提携してヒトでの臨床試験に進む予定。」といった内容でした。
 EPM(エピモルフィン)に関しては、私が所蔵しているデータファイルでは、一九九二年に政府系機関の基礎技術促進センターと住友電気工業、東レ、住友ベークライトが出資して設立した、バイオマテリアル研究所の平井洋平氏(現・住友電気工業バイオメディカル研究部)らが、上皮の形態形成を促すことが確かめられた新しいタンパク質を発見し、上皮(epithelium)と形態形成( morphogenesis)を合成した言葉で「エピモルフィン」と名づけたものです。
 一九九三年の一月一五日の朝日新聞朝刊には、「発毛剤の夢現実味」「毛根作りへ新物質発見」と報道され、その記事の内容は……「抜け毛を予防するために頭の皮膚の血行を促す作用が中心だった従来の養毛剤とは異なり、 頭髪の根に当たる毛根自体を作り出す「発毛剤」が将来、実用化されそうだ 」……「はげを根本的に治療する薬の完成も夢ではない」……とするものの、「同研究所は基礎研究の推進を目的に政府の肝いりで設立された経緯があるため、製薬を目指した実用化研究は実施できない(小林所長)。しかし一九九二年に学会で発表したところ大反響を呼び、化学メーカーなどから問い合わせが殺到し、親会社の住友電気工業も発毛剤に強い関心を示し、実用化を競うことになりそうだ。」……という内容の記事でした。他にも週刊誌などでは「髪の毛の種見つけた」などというタイトルで、実用化は間近などと報道されていました。
 その後約一0年近くたったところで話題復活。本来は「夢の発毛剤」は出来上がっていてもよいのですが、二月七日のサンケイスポーツでは、「毛根組織再生物質を開発」「夢の発毛剤できるぞ」「住友電工平成二二年をめどに商品化へ」などと、一0年近く前の記事と同じような内容で報道していました。
 「今後発毛剤としての商品化を企図する国内外の製薬・化粧品メーカーと提携を進める予定で、さらに、血管や臓器などの形態形成に関する研究に注力し、異なる機能をもつ新物質を開発していく所存である」と書いてありましたが、まだ人体に対して完成しているわけでなく、 毛髪形成だけでなく、他の臓器にも作用する可能性もある ため、慎重に安全性を見極めることが必要で、二0一0年をめどに開発を進めていることと、莫大な研究費がかかることから、スポンサーやパートナー探しのニュースリリースなのかなという感じがしますが、待ち望んでいる人達のために早期実現が待たれます。
(全理連中央講師 板羽忠徳)

参考資料
●エピモルフィンとは
 皮膚や内臓などの組織を人体外で培養する基礎研究において、人工的に培養した皮膚には毛穴や毛根が再生できなかった。しかし皮膚の内側にある「間充織」と呼ばれる組織の細胞を接すると、培養した皮膚にも人体と同じような毛根が形成されたことが新物質の発見のきっかけとなったもので、この新物質をエピモルフィン(EPM)と名づけました。 これは約300個のアミノ酸が複雑に組み合わさってできている蛋白質で、細胞内に通常ある物質ですが、いったん細胞外に分泌されると毛包やいろいろな組織を形成させる働きを持っています。しかし、どのアミノ酸の組み合わせが作用して、どの組織を形成させるのかは不明でしたが、住友電気工業では有効な組み合わせを効率的に評価するスクリーニング法により、毛包形成を促す最適な組み合わせを特定し、人工的にEPMを製造することに成功。そのEPMは分子が小さくアミノ酸10個程度でできており、皮膚を浸透する大きさになっているため、発毛剤として期待できるというもので、発毛実験のためにEPMを市販育毛剤の100分の一の濃度に希釈し、毛を剃ったマウスに塗布したところ、同等以上の効果があったというものです。
ただし、この実験が、生まれつき毛の無いヌードマウスに実際に毛包が作られて発毛してくるかどうか、ヒトのはげた頭に発毛が起こるかどうか、他の器官や組織に変化しないかどうか、安全性に問題は無いかなどは、今のところ不明です。
●毛ができる仕組み
卵子と精子が結合し、受精が行われると、卵割といって細胞が分裂を始め、三週目位になると外胚葉、中胚葉、内胚葉の三層に分かれ、体表を被う外胚葉からは表皮、爪、汗腺、脂腺、眼、耳、脳脊髄など神経系や感覚器が発生し、内胚葉からは消化管や呼吸器官、中胚葉からは血管、骨格、筋肉などの組織、器官がつくられてきます。
 この外胚葉と中胚葉の間にあって、いろいろな組織や器官の結合組織を形づくる役目を持つのが間充織(メソグリア)という細胞集団で、間葉ともいわれています。この間充織の細胞の中から、上皮組織の構築に必要な分子が見つかったのがEPMなのです。
 ヒトの胎児では二カ月目の終わり頃から頭部の表皮直下の真皮層に細胞の集塊(細胞集塊)が形成され、毛包を誘導し、しだいに外胚葉性細胞の塊の毛包芽が真皮に向かって伸びていき、この毛包芽を包む真皮集塊が毛乳頭細胞に分化し、毛包芽の先端が陥没し、ここに毛乳頭細胞が収まって毛乳頭が形成され、毛包表皮を毛母細胞に分化させ、毛母細胞が増殖して上昇しながら分化することにより、毛幹がつくられ、さらに脂腺や立毛筋がつくられていきます。
(参考 住友電気工業ニュースリリース)

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